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銀閣寺・岡崎

黒谷さん・金戒光明寺

黒谷さん・金戒光明寺

金戒光明寺は、承安5年(1175)法然上人が比叡山から下りて初めて草庵を結んだ地で、「新黒谷」と呼ばれていました。黒谷とは、大黒天の出現した場所という意味です。法然上人が修行した比叡山西塔の青龍寺は、元黒谷と呼ばれることに。その後、「新黒谷」から「黒谷」に名称が変わりました。浄土宗で最初の寺院で、塔頭は18あります。

5代目の恵顗(えがい)が御影堂などを建立し、光明寺と名づけました。8代目運空が、後光厳(ごこうごん)天皇から「金戒」という名前を賜ります。

金戒光明寺は、文久2年(1862)に京都守護職についた会津藩主・松平容保(まつだいらかたもり)が本陣を構えた寺で、新選組誕生の地でもあります。境内には、慶応4年(1868)の鳥羽伏見の戦いで亡くなった会津藩士たちの墓も。

金戒光明寺が本陣に選ばれたのは、

・徳川家康が兵力を配備するために、城構えで造っていたため。

・小高い丘にあるので城塞代わりに使うことができるだけでなく、門が小さく、敵が侵入しずらいため。

・4万坪広さがあるので、50以上の宿坊があり1000名が宿泊できるため。

・京都御所まで2キロ、東海道の出発点・三条大橋まで1.5キロと立地が良いため。

だそうです。

境内の見どころとしては、

昭和19年(1944)に再建された御影堂には、運慶作の文殊菩薩(渡海文殊形式)と吉備真備(きびのまきび)が唐から持ち帰った栴檀(せんだん)の木を行基に彫ってもらった吉備観音像が祀られています。

御影堂右手の「鎧かけの松」は、一ノ谷の戦いで平敦盛を討って無常を感じ、法然を慕って出家した熊谷直実(くまがいなおざね)が鎧をかけた松です。

慶長10年(1605)、豊臣秀頼が建立した阿弥陀堂には、恵心僧都最後の作である本尊・阿弥陀如来が安置されています。最後の作品なので、「のみ納めの如来」(大工道具が像の中に入っている)・「おとめの如来」という別名も。

江戸時代中頃の石仏・五劫思惟(ごこうしゆい)の阿弥陀仏も、アフロのような螺髪(らほつ)がインパクト大で見逃せません。

金戒光明寺は夕日スポットとしても知られていて、特にお彼岸の時期は多くの人が訪れます。また、桜や紅葉の名所でもあります。

回遊式庭園「紫雲の庭」や伊藤若冲作「群鶏図押絵貼(ぐんけいずおしえばり)屏風」などは特別公開の時だけ見ることができます。

正式名称
金戒光明寺(こんかいこうみょうじ)
拝観・開館時間
9:00~16:00
住所
京都市左京区黒谷町121
TEL
075-771-2204
拝観料
志納

秋の特別拝観(予定)は有料
交通案内
市バス100系統岡崎道下車 徒歩約10分 

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